九星の天盤

九星の天盤
九星の天盤
まず、「可訳」である。九星の基本は「天盤」にある。
ところで、ここでよく認識しておいてほしいのは、九星とは九つの「星」ではないのである。九
星を九つの・「星」と思って占断しているかぎり、名人にはなれない。ここで、わたくしの、「秘伝`
をそっと明かそう。
 九星とは「九勢」なのである。
 天源術は、この宇宙に存在するものすべてを、「勢い」としてとらえたのである。「存在」とは
「勢い」なのだ。
 これは、存在をエネルギーであるとする近代科学とあい通ずるものではなかろうか。
 九星術とは、「星」のうらない、ではないのだ。それは「存在」を「勢いLと見、その勢いと勢
いの「同調L「反発」「起伏L「運行」の関係を法則化し、それを未来予測に用いたものである。
 この「勢い」は、九つの領域に分かたれる。これを「九勢」というのだ。
 この「九勢」を、区画して図にしたものが、「天盤図」である。略して「天盤」という。左のご
ときものである。

実占の章
 天盤は、「勢い」の盛衰を九期に分けて、その所在する所を、「宮」と名づけるのである。
 その盛んなると、衰えたるとの時期の移りかわりは、つぎのように移動していくのである。わか
りやすく、三つの図に分けて示そう。
中宮すなわち、中宮からの乾宮へ、②の乾宮から圓の兌宮へ、の兌宮からの艮宮へ、㈲の
艮宮からの離宮へ、の離宮からの次宮へ、の次宮から剛の坤宮へ、剛の坤宮から㈲の震宮
へ、の震宮からの巽宮へ、そして剛の巽宮から中宮へかえるのである。
 この運行は、まずなによりも一番さきにおぼえてしまわなければならぬものである。これを暗記
さえしてしまえば、占盤をつくることは容易である。一、二分のうちにい四つの占盤を組み立てる
ことができるようになる。どうしてこんな奇妙な動きかたをする図にしたのか、と読者は不思議に
思われるかも知れない。わかりにくく斜めに飛んだりせず、タテなりヨコなり順番に動くようにし
たらわかりやすくていいじゃないかと思われるかも知れない。しかし、これにはわけがあるのであ
る。ふかいわけがあるのだ。
 というのは、いちじるしい変動を生ずる期間の宮を、四隅の角に据えて、図を一見しただけで、
それが変動多い宮であることを知ることができるよう、作図したのである。決してデタラメに配置
したのではなく、神秘的ともいうべき不思議な知恵によって、このように構図されたものである。
 ところで、この「宮」は、いま述べたように、「勢い」の盛衰起伏を九つの状態(期間)に分け
て、その所在を示すところである。
 そこで、それぞれの「宮」が、どのような「勢い」の状態を示すのかを知らなければならない。
それを示そう。
    「宮」が示す勢力の状態
 中 宮
 この宮は最もつよい勢いの状態を示す。
 ゆえに、「帝王の宮」「支配の宮」とよばれ、他の宮とは別格にあつかわれる。それはよいのだ
が、あまりに勢いが強すぎて、周囲の反発や、反撃をうけて、孤立しやすい。
 それに、勢いの頂上をきわめたかたちであるから、あとはくだる一方である。しかし、いまま実占の章
で、次第に頂上にあがってきた勢いがあるから、その勢いがいまここで急におとろえていくという 先
ことがわからない。いままで通りに、つよい勢いがつづくものと思っている。しかし、実際には、
この宮に入った時点で、勢いはすでに頂上をきわめ、あとはさがりはじめるのである。
 すなわち、勢いの強弱、盛衰の分岐点の位置である。したがって勢いの混乱が生ずる。勢いが強
いかと思えば弱く、弱いかと思えば、また強く、変化に富む。自分(の星)がこの宮に入ると、そ
の影響をうけて、心もからだも変化しやすい。いままで順調にきたものごとも、行きちがいが多く
なり、人の協力も得られなくなって、心に迷いを生じ、今後の方針に苦しむのである。
 いままでの勢いに乗じて強引に押しきろうとすると、とりかえしのつかぬ失敗をする。いままで
とはまったく変わったあらたな発想のもとに、あたらしい展開をはかるべきときである。
 乾 宮
 中宮のあとをうけて、勢いはさらに下降する。
 この宮における状態は、前の中宮にあったとき、どのように考え、どのように対処したかで、状
況がきまる。
 ほとんどは、中宮の混乱した勢いをそのまま持ちこんできて、中宮のときにはまだつよい勢いが
残っていたが、ここではさらに一段と勢いがおとろえるので、大きな変動が起きる。中宮では混乱
だが、ここでは変動である。
 中宮において勢いの変化を知り、賢明冷静に対処してきた人は、前半、逆境の感があるが、後
半、安定して、順境に向かうようになる。しかし、変化の多いことはまぬがれ得ない。吉凶あい半
ばする宮である。
 兌 宮
 この宮は、よろこびの宮とされ、また、金銭の宮とされて、勢いがととのい、順境の宮とされる
が、これは表面だけのもので、基盤の浅いものである。一見はなやかに見え、一応、順運の宮であ
るが、油断できない。この宮に入ると、無理をしてあたらしいことを企画したくなるが、自重しな
いと、つぎの艮宮に入ったときに、非常に苦しい目に逢うのである。
 艮 宮
 変動の宮である。
 変動というものは、つねにあまりよいものではないが、とくにこの宮のこわさは、この宮におけ
る変動が、この宮だけにとどまらず、ずうっとあとに影響をひいていくということである。
 たとえば、この宮に自分の星が入った年に、この宮において順境に向かえば、あと十年、順境が
つづくとされ、逆境に向かえば、十年、逆境がつづくとされる。十年というのは、わたくしの経験
 ちょう                                                
に徴して少々オーバーであるように思われるが、数年間はたしかにそういう方向づけがなされるよ
うである。だから、古伝に、この宮は吉凶の関ヶ原である、という。そういう意味でこわい宮であ
る。方位でいえば、いわゆる「鬼門」(東北)である。鬼門としてこの方位が恐れられるのも、実
は、そういうところから起きたものである。
 しかし、考えようによれば、順境に向かえば十年順境がつづくというのであるから、うまくこの
勢いに乗れば、いままでの逆境を変えて、十年つづく順境にきりかえることもできるのである。ふ
つう、運命学者は、変動の宮をただこわがって、ひたすら無事を願うことなかれ主義の消極的姿勢
をとることを教えるが、変動あればこそ自分の運を変えることができるのであるから、それを思え
ば、変動の宮大いに歓迎すべきではないか。そこに、運命学、占術を学ぶ価慎があるのである。
 ただし、この変動の勢いを利用して、乱気流を上昇気流に変えるという離れわざはなかなかむず
かしく、ほとんどは乱気流にまきこまれて、地上にたたきつけられてしまうものが多いので、慎重
に行動すべきである。この変動の宮において、この勢いを活用できる人こそ、人生の達人というべ
きであろう。
 古伝では、この宮に入った人は、前年において(すなわち、兌宮在位のときに)事を無理に起こ
して失敗した人とみてよいといっている。たしかにそういう傾向を持つようである。
離宮
いう文字の通り、「離散・離別する宮」である。
 この宮に入ると、頼りにしていた人や、親しい人と離別することが起きてくる。自分から離れる
場合もあるし、相手が離れていく場合もある。死別ということもある。
 この「離別の勢い」を利用して、イヤな相手とうまく別れるということも可能なのだが、また、
この宮は「争いの宮」でもあるので、告訴したり告訴されたりという裁判ごとが生じやすいから、
ハナについた女とうまく別れたけれども、多額の慰謝料請求の訴えをされたということにもなりや
すい。
 人間関係だけではなく、「離職」「移転」という現象も起きやすい。
「公難の宮Lでもあるので、税務署、警察関係の問題も生じやすい。
 一方、一時的に名声があがる場合がある。ただし、注意しないと長つづきした
に見えて、内実ともなわないかたちがある。
一見はなやか
 また、この宮は、震宮とおなじく、隠れていたことが表面にあらわれるという作用がある。した
がって、悪いことをしていた場合、その悪事が表沙汰になるし、陰徳を積み、黙々と実力を養って
いた場合は、その徳なり、実力が世にあらわれて名声嚇々ということになるわけである。
炊 宮
逆境、苦難の宮である。
                                                     
季節ならば厳寒の候で、発育生長しようとする勢いを一切おさえられて、伸びる機会をつかむこ
とができない。「病気の宮」であり、「窮乏の宮」であり、「色難の宮」である。          
 だから、この宮に入った年は、病気になったり(大病・重病である)、倒産したり、異性とのト
ラブルなどが生じやすい。
 一家の主人や主婦の場合、自分自身が健康を損ずるのほか、家族に病人が出やすい。
 また、炊は「貧」という象意があるので、必ず経済的に困難が生じて、社会的信用が低下してく
る。財産のある人でも、資産の減少を見るのである。
「病気」「貧乏」「色情の難」という、いうなれば人生の代表的困難がみな出て来ようという宮であ
るから、実に注意を要する宮といわねばならない。
 坤 宮
 勢いが順調になる宮である。
『周易説卦伝』に、「坤に致役す」とあるように、坤宮は大地の象であり、天の寒暖雨露の恵みを
受けて、生気発動する勢いの宮である・したがってヽこの宮に入った年はヽ八それぞ晦その身分
境遇に応じて努力するようになるもので、自立運を持つものは自立を志すし、資金のないものは他
に勤めるとか、勤めるのに不適当な年齢のものならば、少額の資金でできる商売を考えたり、協同
で仕事をすることを考えたりするようになる。
 この宮は、大地の象であるから、沁0 なことはないが、努力さえすれば努力しただけむくわれ
て、運気しだいに上昇に向かうのである。変動の宮であるが、よほど心がけの悪い者でないかぎ
り、上昇に向かう変動の宮である。
 震 宮
 震という文字の通り「震動して顕われる勢いの宮」である。
 好運の宮で、自分の才能が社会にみとめられ、多年の宿望の達せられる宮である。
 勢いが震動して顕現する宮であるところから、この宮に入ると、なにか新規の計画に心動くよう
な状態になる。慨してやってよいのであるが、深い計画もなく、勢いに動かされて新しい事に手を
出すというようなことは、厳につつしまなければいけない。
 注意すべきことは、この宮には「顕現の作用」があるから、隠れていたことが表面化するという
現象が起きる。隠していた古い悪事が表面化するとか、潜伏していた病気、永年の持病が表面に出
てきて発病する、といったことが起きやすい。
 しかし、全般からいって好運の宮であるから、悪いことはない。この宮に入ってしかもなお不運
つづきというのは、よほど悪い業があるので、祖先の余映を受けているとしか思えないのである。
巽 宮
前年にひきつづいて好運の宮である

『説卦伝』に、「巽に斉う」とあり、樹木にたとえれば、その枝葉繁茂して斉い、人間ならば、心 
に教養知識を斉え、五体また成人として斉い、職業もまた安定して斉う、というように、すべて成
長して勢いの完成を見る宮である。
 ゆえに、青年の男女ならば、結婚の時期をむかえ、壮年の人ならば、社会の信用を得、大いに発
展活躍する勢いを示すのである。
 ただし、注意しないと、後半に入って変動が起きはじめる。
 この宮には「風」の象意があり、心が動きやすくなって、方針や行動に一貫性を欠くようになり
やすい。後半から、波乱ふくみである。
 他からいろいろと相談ごとを持ちこまれることが多く、そのために、自分の仕事以外のことで5 
けまわらねばならないようなことが多く生じてくる。
 また、巽には出入りの象意があるので、使用人が増すとか、反対に退職する者が出てくるとか、
家族の中でも増減が生ずるということが起きやすい。
 しかし、全般的にいってこの宮は好運の宮であるから、勢いが強く、一応、破綻を見せずに、さ
らに強運の宮、「中宮」へとなだれこんでいくのである。
 各宮の示す「勢い」の状態は以上のごとくであるが、こ
て、つぎのように説くのである。
れを、『周説卦伝』
はヽ第五章におい
「萬物震に川づ。震は東方なり。巽に斉う。巽は東南なり。斉うとは、萬物の潔斉するを言う
なり。離とは明なり。萬物みな相見る。南方の卦なり。聖人南面して天下に聴き、明に筒いて
治むるは、蓋し諸を此に取れるなり。坤とは地なり。萬物みな養を致す。ゆえに坤に致役すと
日う。兌は正秋なり。萬物の説ぶ所なり。ゆえに兌に説言すと日う。乾に戦うとは、乾は西北
の卦なり。陰陽相薄るを言うなり。次とは水なり。正北方の卦なり。労卦なり。萬物の帰する
所なり。ゆえに次に労すという。艮は東北の卦なり。萬物の終りを成す所にして始めを成す所
なり。ゆえに艮に成言すと日う』
 簡にして明である。九つの勢い「九勢」の状況、またその運行をよく説明している。人がこれら
の宮に入ると、以上述べたように、これらの宮の勢いの影響を受けるのである。が、ここに、ひと
つの「秘伝」がある。
 ここまでは、どの運命学者も一応述べるところであるが、隠してなかなか出さない秘伝がある。
 それは、各「宮Lの持つ勢いは以上の通りであるとして、もう一つの問題がある。それは、その
「宮」に入るほうの人の「勢い」と「性質」である。
 各「宮」の「勢い」はいま述べたように一定しているとして、入るほうの「人」の勢いと性質
は、一定ではない。人によりみなちがう。ちがえば、おなじ宮に入っても結果はちがってくるはず
である。そこのところの関係が問題だ。

 これを、専門家はあまりはっきり出したがらない。出したがらないはずである。実は、ここに大 
きな「秘伝」の一つが妬るのである。秘伝はだれだって出したがらない。公開したがらないのは当
然である。それはわたくしとても変わりはないが、思い切ってその一部を公開しよう。


九星飛泊の口訣
秘伝のもとは
これをもとに、読者は研銀を積み、自分独自の「秘伝」をつくりあげてほしい。
人の。勢い”と。性質」といったが、この、宮という古典のなかのヽ「九星飛泊の口訣」である
に入る大の勢いと性質は、九星の「星」によって表現される。
 だから、わたくしの流儀でいうと、「九星」には二つの意義があるのである。
 1 九勢―宮の勢い(中宮・乾宮・兌宮・艮宮・離宮・次官・坤宮・震宮・巽宮の九つの宮によ
      ってあらわされる)
 2 九星―星の性質(一白・二黒・三碧・四緑・五黄・六白・七赤・八白・九紫の九つの星によ
      ってあらわされる)
 そして、この「九勢」と「九星」との出合いの関係が、「九星飛泊の口訣」なのである。最もわ
かりやすくいえば、たとえば一白水星が兌宮に入ったらどうなるかということである。
さて、いま、わたくしは、「。宮‘に入るほうの人の
では、分秘Lによる口訣をつぎに述べよう。
○紫白が到る方の吉凶のロ訣
実占の章
紫白というのは、九星のことで、すなわち、九紫から一白までを総称したものである。


 一白が離に到るは吉と為さず
 註 一白は水星であるから、九紫火星の定位である離宮に入ると、「水剋火」となるので、決
 して吉ではない(定位については、‘’後で述べる)。
二黒また玖上に逢うて凶なり
註 二黒は土星であるから、一白水星の定位である次宮に入ると、「土剋水」となって凶であ
る。
三碧四緑は坤に到って休む
註 三碧四緑は木星であるから、二黒土星の定位である坤宮に入ると、「木剋土」になるから、
諸事休止の状態となる。

五黄八白は次中に凶なるべし
註 五黄八白は土星であるから、一白水星の定位である次宮に入ると、「土剋水」となって凶
である。
六白七赤は震巽を忌む
註 六白七赤は金星であるから、三碧四緑の木星の定位である震宮、巽宮に入るのを忌むのは、
「金剋木」となるからである。
 九紫相刑す乾兌の中
 註 九紫は火星であるから、六白七赤の定位である乾宮、兌宮に入ると、「火剋金」となって
 刑にあたることになる。
では、「剋」の害は、どのようなかたちであらわされるのであろうか?
    
○五行剋応の口訣
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水口火鮮に入りて重火を出どり
旺 水が火のところへ入るとm大なる喪失(生命を失うようなこと)が起きる。
きんもく みだ みだ  ちゅうぼう ぉか
金木は淫れ乱れて中房を犯す
註 金剋木となると、家庭内に淫卑な問題が起きる。

水土の痘痕は的主の憂なり
註 土剋水は、主人が熱病や流行病におかされるようなことが起きる。

只主として一白の坤に到るを求めん
註 一白水星はただ無事に二黒土星の方へまわることを心がけるがよい。

水火は財を失し併せて自ら総れん
註 水剋火は、財産を失い、また、首をくくるようなことも起きる。

水水推し鐙せば大なる愁を起こし
註 水と水と重なる時は、大きな心配事が起きる。

すいか けいしよう  ことかな
水火は刑傷す、事哀しむべし
註「水剋火」は、悲しむべき刑傷の事が起きる。


火金産むに難んで定めて胎を傷つけん
註「火剋金」は、難産のため、胎児を傷つけることがある。
火金は痰血にして夭死を併せ
註「大剋金」は血痰が出て夭死することがある。

更に火火を兼ぬれば嬰孤を損す
註 火と火と重なると、赤子を失うことがある。

もくもく ふうせい さっ しよう し
木木の風声は殺と傷と死と
註 木と木が重なると、殺しと傷つきと死の問題が起こりやすい。

本金は囚われ死すまで牢を離れず
り血帆木には、無川懲役の川削をうけることがある。
土木の折傷は併せて背に発し

註「本剋土」は、折傷が背中にも出ることがある。
木神の害を為すこと信に刀の如し
註 土を剋する本の力は、まことに刀のようである。
金金は夭折にして多くは凶暴なり
註 金と金が重なると、夭死したり、また凶暴であったりする。

上土は盲聾音唖瘍む
註 土と上が重なると、盲(失明)聾(つんぼ)音唖(おし)など生ずることがある。
扨0
憑って君更に用いよ変宮の変         ………
註 人の禍福吉凶を予知する者は、宮と星の変わるごとに変があるので、心してこれを験し用
いなければならぬ。
五行の禍福は更に逃るるなし
註 五行によって生ずるとこ・ろの禍福というものは、決して逃るることができないのである。
○五行傷剋の歌




 金弱くして火炎の郷に遇えば血疾疑いなし
。註 火剋金は疑いない咄ぬすなわち結核性の病気である。

 土虚しくして木旺の地に逢えば牌腹に患いあり
 註 本剋土は多く牌腹の患いがある。
筋骨の疼痛はただ本の金傷を被るに因る
註 筋骨のいたみは金剋木が原因である。

暗く超群ずるは必ず几れ火の水魅に巡うなり
駝 肖人になったり、聾者になるのは、必ず水剋火の傷剋に遇ったためである。
下元の冷退は蓋し禄存の土傷に因らん
註 下元すなわち陰暦十月十五日からのちに冷える病気は、木剋土から来るのである。
金来って木を剋すれば凶死多し
註 金剋木には、とかく悪い死にかたをする者が多い。
自組か刀傷か併に肺肝か
註 首くくりするか、刀傷を受けるか(手術・事故をふくむ)、肺肝を患うかするのである。
咳瞰と結痰は胸臆に満つ
註 咳と痰とが胸いっぱいになる。
怯労と結舌と又咽乾
註 つかれ病いや、舌が結れたり、また、咽が乾いたりする。


更に腰疼を加えて筋骨痛む
註 また腰がいたんだり、筋骨がいたんだりする。

理を撥れば皆本の残を受くるに因る
註 これらの道理を推しはかると、みな、木が金に残われるからである。

損っを態すれば献貳の病なり
註 本剋牛yら磁耐訟宸出交
彫のか以に鵬っt難っズ歌を難す
註 また、本剋上は胃の気が以に鵬って、笑ったり歌ったりする(つまり、ヒステリー症状で
ある)。
体弱くして面黄に眼渋を併す
註 からだが弱く、顔が黄ばんで、視力もおとろえる(貧血の症状である)。
失音と気血に安和を欠く
註 唖や吃音になったり、気血がおだやかに廻らなかったりする(循環系統に障害を生ずる)。

腿酸く脚軟くして風邪作る
註 からだにつよい異和感が生じ、さらに、脚気症状を起こしたり、感冒をひいたりする。

吐腹膨張して咳瞰多し
註 はらがふくれて咳が多い。

土来って水を剋すれば唖聾を生ず

 註 土剋水は多く唖と聾を生ずる
 失音の小子疲寵を主どる


 註 唖の小児の上に、せむしの不具者となる。

 風狂えば定めて思慮の多きことなし
 註 こころがおちつかず、方針にまよって、苦悩するばかりである。

 眼底の昏花は気通ぜず
 註 目がちらついて焦点が合わないように、ものごとをよく見さだめることができず、しっか
 りとした計画を立てることができない。

 多く子女を生めども但多く死す
 註 たくさん子供を生んでも、死んでしまって育たない。

 逃げて淫邪に走れば醜にして更に凶なり
 註 色情に迷って駈け落ちなど考えるようになり、さらに一段と状況が悪くなる。


水湘りて火か以ずにUぱ心川胡粉
吐 水帆火は多く心川の病いとなる。

食に噫び淫を邪れば病んで瘍と作る
註 偏食したり淫欲が過ぎたりして、肺を傷う。


水盛んなれば心を傷めると痢を泄すとなり
註 水の勢いが強いと、心を傷めるか、はげしい下痢をする。
    みごも や  ほうろう か
婦人は胎り病んで崩漏を兼ね

註 妊婦は流産が多い。
’寒熱均うし難くして胃調わず
 註 のぽせたり冷えたりで、バランスがとれな
火来って金剋すれば咳瞰多し
註 火剋金は、せきが出ることが多い。

胃寒くして食少く面皮黄なり
註 胃をわずらって食欲がなくなり、衰弱して顔は黄色になる。
酒色の虚瘍は吐血を成し
註 酒と女に耽溺して、腎虚とか肺病になる。
河に投じ自縦し非に及んで盗す
註 投身自殺したリ、首をくくったり、そこまでいかなくても、追いつめられて犯罪行為をす
る。
手足の仲難きは老陽に応じ
註 かるくても老人は手足がきかなくなる。
更に痕癩撒煥の症も出る

串わけ、休恟の人となり.一で精神川者のようになりたり、乎がつけられないような病気にな
 以上は、陳叫由先生あらわすところの運命学の古典、『三才発秘』に説くロ訣である。
 しかし、わたくしの考えるのに、これは、口伝というよりも、むしろ、五行の相剋の原理を集大
成したものといったほうがよいであろう。だから、これをこのまま鵜呑みに用いるのではなく、基
本原理として、五行の相剋、および、宮と星の相剋を判断していったらよいのである。原理だか
ら、文字通りにこれをとらず、これをもとにいろいろと応用するのである。しだいにそういう応用
の経験を積んで、自分独自の「秘伝」をつくりあげることが肝心である。
 ただし、初学者は、はじめのうちはこれをそのまま適用していくのがよい。そのうち、しだいに
応用することをおぼえてくる。そうして、どういうように応用したら自分でもびっくりするほどあ
たり、どういう応用をしたらまるっきり外れたか、しだいにそのコツがわかってくる。
 初学のうち、自分も周囲もおどろく位あたり、少しすすんでくるとあたらなくなるのはこのため
である。そのあたらなくなったところを通り越してまたあたるようになると、かなり本物になった
わけである。そのうち、またあたらなくなる。そこを通り越すとまたよくあたるようになる。こう
してしだいに達人から名人へとすすんでいくのである。
 初学のうちよくあたるのは、自分があてているのではなく、先人のつくった方式を、そのまま使
は限度がある。いつも先人の方式にあてにI~161;
人の模倣にあきたりなくなってヽ自分の工夫をしはじめる。するとあたらなくなるのである。抱一死
・・ヽ5くぎだろう・そこであきらめてしまってやめてしまうひとがほとんどである。あなたはそこ
                        ’‘!‘ヽ’ECヽ一つ、どうしても知っておい
つているからあたるのであって、それは先人の模倣であり、自分のものではない。しかし、模倣に 
                                                            1
欠艮莞卜払る。いつも先人の方式にあてはまるものばかりではない。行きづまったり、あるいは先 
とあたらなくなるのである。当然
というべきだろう。そこであきらめてしま11べ、Q’
をがんばって通り越さればならぬのである。が、その前に、ここで、一つ、どうしても知ってお
びある・おそらくすでに賢明なあなたはそれを感じはじめている
てもらわねばならない重大な問題がある
のではないかと思うのだがヽそのことについてぜひともいっておかねばならないのである