人はどんな因縁を持つか

人はどんな因縁を持つか
 これから、人の持つ因縁について解説するが、それでは、そういう因縁というものが、
どうして人間にあるのか、ここでは、あるからある、というよりほかない。強いて聞かれ
るならば、それならあなたはどうしてそういう顔をしているのであるかと聞かれた場合、
あなたは何と答えるか? こういう顔をして生れてきたのだから、こういう顔をしている
のである、とでも答えるはかないではないか。原因はともあれ、人間は、それぞれ様々な
因縁を持って生れて来、様々な因縁を持って生きているのである。その因縁という現象を
分析、解説してみよう。理屈は抜きにして、一読するならば、必ず、思いあたることがあ
ろう。卵が先に生じたのか、鶏が先に生じたのか、それを知らなくても、卵を食べ、鶏肉
を賞味するにはこと欠かぬのである。詳しくはあとの方で説明する。ここでは、まず、人
間が誰でも持っている「因縁」の種類についてのべよう。
      かうんすいたい
0  家運衰退の因縁
 この因縁は、家運、つまり家の運気が次第におとろえてきている家系に生まれている人
が持つ因縁である。
 こういう人は、父、あるいは祖父の代までは、かなりの生活をした家に生れている人が
多い。祖父か父の代あたりから、次第に家運が傾いてきている。そうして、自分の代にな
ってからぱ、なお一層はっきりと運が悪くなっている。相当の力量、才能、手腕があるの
だが、それを発揮する場を持つことが出来ない。そういうチャンスを持つことが出来ない。
そうして、自分よりも劣った者が追い越してゆくのを、みすみす歯ぎしりしながら見送る
ことになる。
 たまにチャンスがめぐって来そうになると、人の妨害、邪魔に遭ったり、或いは自分の
思わぬミスや病気などで、せっかくのチャンスを失ってしまう。要するに、一言でいうと
運が悪いのである。実力がありながら、妙にめぐり合わせが悪く、ウダツがあがらない。
年をとるほど運気がおとろえ、生活が悪くなっていく。

の因縁から出てくるのが、次に掲げる
     ちゅうと ざせつ
@   中途挫折の因縁
 という因縁である。
 この因縁を持つ人は、何をやっても、一応、七、八分通りまでは順調に進むが、あとも
うI、二分というところで必ずダメになる。決して実らないのである。この因縁を、一
名、「虚花の命」というのは、「七重八重、花は咲けども山吹の、実のひとつだになきぞ悲
しき」という古歌の山吹の花と同様、花咲けども実らず、すべてムダ花であるというとこ
ろからきているのである。よそ目には華やかに見えて、内実は空しいのである。苦労した
あげく、さいごの収穫はごっそりと人に持ってゆかれてしまう。
 この因縁を持つ人は、わりあい運気(生命力)の強い人が多く、中途で挫折しては、ま
た立ち上って仕事をし、また七、八分通りで挫折して、そのままになるかと思うとまた立
ち上って、また挫折する、というように、七転八起の起伏のはげしい人生を送る人が多い。
そうして、結局は、挫折したままで終るのである。
 大体、因縁のあらわれ方には二通りあるのであって、その囚縁が、そのままその人の恍
格にあらわれている場合と、性格には全然あらわれない場合とがある。
 この中途挫折の因縁の場合も、この因縁がそのまま性格にあらわれて、非常に気の弱い
意志薄弱の型と、逆に、非常に気のつよい意志強固の型がある。
 意志薄弱のタイプは、何をやってもすぐにあきてしまって、ながつづきしない。気うつ
りがぱげしい。学業、職業、すべてがそうで、転々とする。文字通りの中途挫折、薄志弱
行の型である。
 もう一つのほうは、これと全く反対で、性格もつよく、意志も強固で、努力家でもある。
然るに、かえってその強さが人と相容れず、上の者と衝突したり、同僚と円満に協調出来
なかったりして、失敗し、挫折する。あるいは、ここ一番という大事なところで、きまっ
てつまらぬミスをしたり、人の誤解をうけたり、妨害をうけたりする。また、病気や怪我
などで手違いが生ずる、というように、必ずなにかしら障害が発生して、チャンスをつぶ
すのである。
 先日、わたくしを訪ねて来た人に、そういう人がめった。
 四十七、八歳の会社員で、立派な人物であったが、この人に、この因縁があったのであ

る。聞いてみると、今までに八回も勤め先を変えているという。意志強固の努力家型だが、
と思って聞いてみると、この人は、一流の財閥会社に勤めているのだが、系列の子会社に
出向させられると、その会社は、きまって、他に合併したり、業績不振で閉鎖させられて
しまうのである。本社にもどると、同期の社員で本社に居たままの者はかなり上の方に進
んでおり、処遇に困るので、また傍系の会社に出向重役として出される。するとまた、そ
の会社がおかしくなる、というわけで、今までがその繰り返しだったというのだ。
 念のためにいうが、それは、この人の経営の腕が悪いために、この人が行った会社がみ
んなダメになるというのではないのである(手腕という点からいえば、むしろ人並み以上
の手腕を持っているのである)。この人が行っても行かなくても、その会社はダメになるの
である。そういう会社に、この人は行かねばならぬような廻り合わせになってしまうのだ。
今度の会社もおかしくなってきているので、相談に来たのです、というのだが、典型的な
中途挫折の因縁のあらわれかたであった。
 薄志弱行タイプの場合は、すぐにあきたり、気移りしたりして白分から会社を転々とす
るが、意志強固タイプの場合は、自分でぱ一心に努力をして会社を変わるつもりはさらさ
らないのだが、他動的に転々と変わらざるを得ないようになってしまうのである。その人
のか字心、思劣、心構えなどに関係なく、結果は結尚おなじことになが、
因縁というものの、こわいところである。精神一到何小か成さざ‘ら人や、と気胆劣てみた
ところで、この因縁を持っていては、所詮、ダメなのだ。外的条件が許さないのである。
つねに転々として挫折する。
 昔から、よく、「人間には誰でも一生に三度はチャンスがある」といわれているが、運のないでも三度はチャンスがあるかわり、運のある者でも、三度以上そう何回もあるもの
ではない。人生ここ一番というチャンスを二、三度この因縁でつぶされてしまったら、も
うその人間は一生芽が出ないものと思わねばなるまい。そうして、この因縁のこわいとこ
ろは、この因縁は必ずその子に遺伝し、その場合、きまって親よりその子のほうが一段と
因縁の度を深めて悪くなってゆくことにあるのだ。
 この中途挫折の因縁が、そのようにして一段と強くなった場合、


運気不定・浮沈の因縁
という因縁になる。
 これは、運気に根が生じないので、そのため、浮沈変転してとどまらないのである。
 いわば、根無し草の人生である。居住、職業が定まらず、転々とする。一時的に幸運を
得ることがあっても、永続しない。一生、ホームレスか、それに近い境界となる。
 女性の場合、ちゃんとした結婚生活をつづけることが出来ない。再婚、三婚し、しかし
いくら結婚を繰り返しても、決して安定した夫婦生活を持つことは出来ない。
 「色情の因縁」のある場合は、不倫の関係に陥ったり、あるいは売春をする悲惨な因縁で
ある。

o  肉親血縁相剋の因縁
 これも、根本は、家運衰退の因縁から出てきているものである。
 この因縁は、肉親の者同士、血縁の者同士が、たがいに運気生命力を損ねあい、傷つけ
あって分散してゆくのである。
 毛利元就の「三本の矢」の教訓を逆にいって、おたがいに助けあい、協力しあってゆく
べき肉親血縁の者が、離散し、孤立して、次第に没落してゆく。
 まさに、家運衰退のあらわれである。
この因縁があると、同居している親子、兄弟など、血縁の噺が、年中不和で詐が絶えな
い。これは、血縁の者同士でお互いの運気(生命力)を損ねあい、傷つけあっているので、
無意識のうちに反発しあって争うのである。この場合、運気を傷つけあうといっても、必
ずしも表面立って争いをするとは限らない。ただ同じ屋根の下に住んでいるというだけで、
相手の運気(生命力)を損ねるのである。それはちょうど、何か目に見えない光線のよう
なものを放射しあって、相手の生命力を傷つけるように思われる。人間の生命というもの
は、自分を守るという自衛本能を持っているから、その本能がはたらいて、無意識のうち
に生命力を結集して相手に反発する。その結果として、相手の何でもないような動作や一
言一句が非常に気にさわる(神経が立っているので)。そこで静が始まるのである。肉親同
士で異常に仲が悪いのぱこのためである。それに加えて財産などの利害関係がからむと、
非常に深刻な争いに進展してゆく。
 この因縁のある家庭で、もし、同居の肉親同士が不和でなければ、家族の中に誰か一人、年中病気で苦しむ者か、極端に不運で運の開かぬ不遇の者が必ず出る。
 相当の才能、手腕がありながら、常にチャンスを逸したり、チャンスに恵まれない不遇
の人、あるいは長年病弱の人は、前記の「中途挫折の因縁」か、または、この「肉親血縁
相剋の因縁」によって運気(生命力)を剋害されているのではないかを疑ってみるべきで
ある。どちらかの因縁があったら、それを断ち切らぬ限り、いくら努力しても一生空転す
るばかりなのだ。
 この因縁を持つ人、(あるいはこの因縁のある家系)には、必ず、といっていいほど、霊
的な障害がある。つまり、三代か四代前に、その家(またぱ人)を強く恨んで亡くなった
怨念のホトヶがいるのである。
 また、横変死した人の霊障を受けている場食がほとんどである。
 前に述べた「家運衰退の因縁」、「中途挫折の因縁」、「運気不定・浮沈の因縁」は、いず
れも霊障のホトヶより生じていることが多い。
 この霊障を解かぬかぎり、この因縁は、何代でもつづく。
 成仏法によって、霊障のホトヶを解脱成仏させる以外に方法がないのである。

子の運気剋する因縁
 これは、肉親血縁相剋の因緑ので、親がわが子の命力のである。そのな
め、子供は年中病弱となる。あるいは不具として生まれたり、不具者となったりす
たいていは十歳くらいまでに死亡する。
 もし、その子が非常に生命力が強ければ、素行が生命れるようになって、幼少にして、家
を飛び出す。これは親のそばにいると生命力を削られて、危険なので親のもとを飛び出す
ようになるのである(もちろん、本人はそのことを知らないがI)。
 最近、少年少女の非行問題についていろいろと対策が練られようとしているが、世の親
は、こういう因縁のあることに気がついて欲しい。
 因縁なんて迷信じやないかなどとバカげたことをいっていないで、自分白身にそういう
ものがないかどうか、よくよく考えてもらいたい。
 父親にしても母親にしても、この因縁があると、子供が必ず異常に反抗する。もちろん、
子供の成長期間中に反抗期という期があることは事実だが、この因縁による反抗は異
常なのである。これは、前記の肉親血縁相剋の因縁の場合と同じように、自分の生命力を
侵害してくるものに対して自衛本能がはたらき、我が生命力を結集して反撃しようとする
ゆえに一言一句、ことごとく反抗反発するのだ。わが身を守るかわいそうな姿なのである。
 私は、いつも、この因縁をもつ親と子を見ると、毛をさか立てキバをむき出して、敵に
噛みつこうと必死になっている仔犬の姿を思い出す。
 成功者の家庭に素行不良の子がわりに多いのは、他に原因はあるけれども、運気のつよ
い親はえてしてその運気のつよさが同時に子を剋する因縁をも伴ないやすいため、そうい
う結果を生じやすいのである。
 素行不良の子を持つ親、異常に親の言うことをきかぬ子を持つ親は、根本的な対策の一
つとしてこの因縁の有無をまず調べてみよ。この因縁がなければ比較的容易に直るが、こ
の因縁あるかぎり、絶対に直らぬのである。
 この因縁は水子の霊障から生じていることが多い。

逆恩の因縁

 これは恩を倣で返す因縁である。
 これも家運衰退の因縁に根ざすものである。
 要するに恩を受けた人(主人,師,上長,取引先、先輩など)をだましだに傷つけ
たり、とにかく相小に何かしらもその出が刑獄の囚縁
を併せ持っていたなら)殺して金品を奪らたりする。そこまでいかなくとも必ず恩義のあ
る人を裏切りそむく。
 因縁というものは、必ずしも性格的なものとは限っておらぬので、「恩を仇で返す因縁」
を待った者が必ずしも恩を仇で返すような性格を持っているとぱ限らない。中途挫折の因
縁を持っている者が必ずしも薄志弱行型の性格を持っているとは限らぬ、と先に書いた通
りである(もちろん、持っている因縁がそのままその人の性格になっている人もかず多い
が)。
 この逆恩の因縁の場合も、性格としては、恩を仇で返すというようなものと反対に、一
心に恩義にむくいようとする心がけを持っていて、そのように努力をしながら、かえって
結果的には、その恩義を仇にして返すようなことになってしまうことがよくある。例えば、
主人(会社)に忠実で一心に尽くすのだが、それがかえって主人(会社)のためにならぬ
ような結果を生む。努力してお得意や取引先をつくると、その取引先が何千万、何億円と
いう不渡り手形を出したり、倒産してしまったりして、主人(会社)に大きな迷惑をかけ
てしまう、というようなことになる。

女性が持つ因縁である。
 という句があ乙が、
感心させられる。
 大体、自分にとって恩義のある人というのは、自分に好意を待ち、あるいは信用して、
自分を引き立て、力になってくれる人である。こういう相手に、無意識とはいえそういう
損害をあたえたり、そむいたりするということは、自分で自分の手足をもぐことである。
自分の有力な味方を失うことになる。そこで孤立無援となり、人生の失敗者となってゆく。
 人を使う人、使われる人も、ともにこの因縁には注意が必要である。


夫の運気を剋害する因縁
 夫の運気(生命力)を目に見えぬ力で損ね、削る。といっても、必ずしも、日常生活に
おいて夫を尻の下に敷いたり、夫を虐待するというのではない。もちろん、そういう場合
もないことはないが、前にも書いたように、因縁というものは性格にあらわれる場合と性
格にまったくあらわれぬ場合とがある。この因縁の場合もその通りで、むしろこの因縁を
持つ女性はマメマメしく夫につかえる良妻賢母型に多いので始末に困る。江戸川柳に、
 「次の間で毒が薬を煎じてる」
 この句の意味は、亭主が年中病弱で寝ている、その家をたずねてみると、亭主の寝てい
る次の部屋で、若い美しい妻君が、甲斐々々しく薬を煎じている。しかし実際は、この美
しい妻君が病身の亭主にとっては毒なのだ、というところから、妻君が薬を煎じているの
を、毒が薬を、と皮肉っているわけである。
 この因縁を持つ女性を妻に持つと、その夫は年中病弱となるか、または仕事がうまくい
かず、年中失敗したり、渋潜しがちとなる。生命力を削られるところから、運が非常に悪
くなるのである。いかに才能、手腕があろうとも、必ず何か一つの不運につきまとわれる。
妻君が一心につかえればつかえるほど、夫の運気が悪くなるのであるから厄介である。
 世間によくあることだが、立派な妻君を待った夫が、他に女性を作り、その女性よりも
妻君のほうがはるかに容色も頭もすぐれているので人が不思議がる例がある。これは、妻
君のほうに、この、夫の運気を剋する因縁があるために、夫が、生命力自衛の本能から、
無意識に妻君に反発して、そういう因縁のない運気のおだやかな女性を求め、逃避するた
めなのである。

 中年になってそういうことがよく起こるのは、もちろん、中年代で経済的に余裕が出来
たり、妻君の容色が衰えてきたということも理由の一つにはなるが、根本的には、若いう
ちは、夫のほうも生命力がつよいので妻の運気剋害にも平気で耐えられているから、それ
ほど感じないが、年をとるにつれて生命力が弱り、憩いの場が欲しくなってくるのである。
 この因縁の強いものをもつ女性が、いわゆる「後家運」と呼ばれるもので、色情の因縁
のある夫は、前記したように他の女性に逃避し、色情の因縁のない夫は、趣味に逃避した
り、仕事に没頭したりして、冷たい家庭となる。
 もし、生命力の弱い夫であったら、死んでしまう。すなわち、後家運と呼ばれる所以で
ある。女性としてしあわせな家庭を持とうと思ったら、まず切らねばならぬ因縁である。

  夫婦縁障害の因縁
 夫婦縁、結婚生活に障害が起きる因縁である。
 なんとなくお互いに性格が合わず、年中不満を待ちあってゴタゴタが絶えず、冷たい家
庭になる。
 または、お斤いに愛情はあるのだが、どちらかが病気になって別川をよぎなくされる、
とか、什事の関係で別れ別れに住むことになる。シュウトなどの関係で夫婦仲がうまくい
かぬ、など、とにかく、愛情の有無にかかわらず、結果的に夫婦仲がうまくいかない。離
婚してしまうというところまではいかぬが、とにかく、年中その一歩手前までいってゴタ
ゴタしているのである。

‐夫婦縁破れる因縁
 この因縁を持っている人は、男女とも、必ず生別か死別をまぬがれない。生別となるか
死別となるか、は、相手方の生命力の強弱による。

けいごく
刑獄の因縁
凶運の時に、必ず刑事事件を起こして、刑務所につながれることになる因縁である。
たいてい他の悪い因縁をあわせ持っていて、それらの悪い因縁とからみ合って起きるの
せなければ、必ずこの因縁の結果通りとなる。縁者でなく、他人のホトヶであることも少
なからずある。

脳障害の因縁
 この因縁は、精神病の場合と、精神病でない頭部の障害、の二種に分けられる。
 すなわち、精神病(ノイローゼ、脳梅毒など)と、頭部の怪我、または脳溢血、脳軟化
症等の病気で、程度の0 い因縁の人ぱ年中、頭痛、肩こり、不眠症などに悩まされる。
 肉体障害の因縁をあわせ持つ人は、脳溢血から中気になったり、頭の負傷で手足がきか
なくなったりする。脳性小児マヒなどもこの因縁のあらわれである。

二重人格の因縁
前記の脳障害の因縁の系列に入る因縁に、この二重人格の因縁がある。
酒を呑むと、ガラリと人が変わってしまって、全く別人のようになってしまう。
 酒乱はこの円縁である。表而意識がアルコールで麻玲すると、遺伝している潜在意識や
深層意識が浮かび出て、別の性格が入れかわって出て来るのである。異常性格・同性愛な
どもこの因縁である。
 この因縁は、家運衰退の因縁にも深い関連があり、二、三代前の縁者で、非常に不幸な、
恵まれない死に方をした人か、あるいは、他人で、その家に非常な怨念を抱いて死んだ者
のいることが特徴である。

癌の因縁
胃ガン、子宮ガンなど、この因縁を持つ人は必ず癌になる。
循環器系統障害の因縁
心臓、腎臓、肝臓等の循環器系に故障を起こす因縁である。
 色情の因縁
 男女が、異性(同性の場合もある)によって苦しんだり傷ついたりする因縁である。こ
れは、家運衰退の因縁のもととなる因縁である。
 また、夫、妻が、その配偶者の色情のトラブルで苦しめられる場合も、色情の因縁があ
るということになる。

へんぎよう
偏業の因縁
 職業の上にあらわれる因縁である。
 この因縁を持つ人は、宗教家、芸術家、芸能人、裁判官、水商売などが適する。そのど
れがよいかは、別の因縁とも照らしあわせてみる必要があるが、とにかくこの因縁のある
人は、これらの職業以外につくと絶対に芽が出ない。つまり、適性ということに関係して
くるわけだが、そういうことをふくんだ上で、運命的にその職業以外では伸びない、とい
うことである。
 職業の適性ということは非常に重大なことで、それゆえに、いろいろな適性検査などが
考案されているわけだが、適業、適性、というものは、因縁的に決定されているのである。
 人の職業は、大づかみにいって、技術系(生産事業、技術者)、営業系(販売事業、営
業、商人)、組織系(官公吏、政治家)の三種に分けられるが、人はみな、それぞれの系列
に向く因縁と向かぬ因縁を持っており、向かぬ職業に就いた場合、絶対に芽が出ぬもので
あるから、注意して選択しないと生涯の不幸となる。

財運・水の因縁


 財運がめって、お金は人より何倍も多く入ってくるが、水のように流れ出してしまって、
身にっかない。
 無理に溜めようとすると、自分が病気になったり、家族が病気になったりする。これは、
水の財運で、水というものは、流動しているかぎり腐敗せず、きれいである。溜まり水ぱ
必ず濁り、腐敗する。それと同じで、この因縁を持つ人は、常にお金が流れ動いて身につ

かぬのである。無理にお金を溜めると、腐敗現象が起きて、家族に病人やヶが人が出たり
人にだまされたりして、全部、お金が出て行ってしまう。

 頭領運の因縁
人の上に立つ因縁である。この因縁をもつ人は、必ず、大なり小なり人の上に立って、
人の頭領となる。但し、この頭領運に二種類めって、純然たる頭領運と、組織内の頭領運
とに分けられる、純然たる頭領運は、だいたい創業者として成功する。組織内の頭領運は、
専務、部長という一分野の首長で終わる。
 頭領運はよい因縁の部類に入るが、反面、孤独運を待ち、晩年は家庭的に不幸になりや
すい。
 頭領運のない人は、自ら頭領になると必ず失敗する。よき頭領運の人をえらんで、次位
に甘んじ、よく補佐をすることに専念するがよい。それが、自分の才能、手腕を十二分に
発揮し得る最良の道である。野心を持って自分がその位置に就くと、物事渋滞して苦労ば
かり多く、必ず失敗するのである。

 子縁うすい因縁
 子供との縁がうすい因縁である。
 この因縁があると、子供が生れないか、生れても、五、六歳になるまでに死んでしまう。
また、自分の実子と縁がうすいだけではなく、養子をもらっても、この因縁ある限りうま
くいかない。その養子の運気(生命力)が強ければ衝突して出て行ってしまうし、生命力
が弱ければ死んでしまうのである。

  産厄の因縁
 出産に際して、難産で苦しむ因縁である。衰運の時期で生命力が弱っている時にあたる
と、死ぬ恐れがある。水子の霊障や、難産で死んだ縁者の霊障のあることが多い。