抑圧意識 フロイト型とソンディ型

想・座禅のときに、不意に、爆発的に表出することがある。瞑想は、潜在意識層に
おいておこなわれるので、ふだんはそこにひそんでいる意識が、突然、表面にあら
われてくることがある。それが、座禅のときの「魔境トだが、この、抑圧意識の表
出は、座禅・瞑想のときだけとはかぎっておらず、その人の人生に非常なダメージ
をあたえてしまうことが少なからずあるので、大いに注意しなければならぬのであ
る。
 もう少しくわしくのべよう。        、
抑圧意識
フロイト型とソンディ型

 われわれは、自分でも気がつかないすぐれた才能を、潜在意識の中に持っている
のだが、同時に、その才能の発現をさまたげ、さらには自分を傷つける抑圧意識
や、それから生ずる葛藤をも、潜在意識の中に持っているのである。
 この抑圧意識をとり除かなければ、人は健全な生活をいとなむことができない。
わたくしは、人間の抑圧意識を、二つに分ける。
潜在意識層における抑圧意識
深層意識層における抑圧意識
である。そして、わたくしは、
潜在意識層の抑圧意識を、「フロイト型」とよぶ。
深層意識層の抑圧意識を、「ソンディ型」とよぶ。
まず、フロイト型である。
1、フロイト型


とづくものである。
 フロイトは、無意識の意識にメスを入れた近代心理学の始祖の一人であるが、か
れは、「無意識が、一定の時間を経てから、意識生活に影響を及ぼす」ことを発見
して、のちに有名になった精神分析論を展開した。
 それをかんたんにのべると、人間が誕生して以後の最初の数年間は、催眠とほと
んどおなじ状態である。なぜなら、それは、意識的精神(表面意識)よりもむし
ろ、無意識的精神(潜在意識)0ほうが、多く活動している状態であるからで、そ
の数年間は、子どもは、~束ざまな影響と暗示をうける。それらの影響と暗示は、
子どものもろもろの欲望や傾向に、まっこうから対立する。その結果、葛藤や、精
神外傷が生ずる。
 子どもは、そしておとなになってからも、それらのことは何も想い出世ないが、
かれが気づかなくても、それらはかれの行動にたえず影響を及ぼす。
 さらにヽそれは、数年も、時には十数年もたってから、その人格に思いがけ
ぬ反応を生ずる、というのである。
 要約すると、つまり、人間の精神形成とその行動に、無意識の意識が、想像以上
につよい影響をあたえているということである。
 また、心理学者ジャンーポールーシャリエはつぎのようにいっている。
 第一に、抑圧は心理的葛藤を生じさせる。われわれのなかには、そうした葛
藤をいつまでたっても解決できない者がいる。その場合、彼らの人格発達と、
おとなとしての成長は~またげられたり、乱されたりする。
 第二に、抑圧された諸傾向は、けっして消滅することはなく、社会的習慣の
背後に身をひそめ、思いがけないきっかけを利用して外に表われてくる。その
表われ方はさまざまで、ときには、遊戯、戦争、迫害などのかたちではげしく
ほとばしり出たり、あるいは何でもないような出来事のかくれた、象徴的な姿
のもとに、あるいは、満たされない欲望に禁じられた満足をあたえる夢となっ
こ、あるいはい問違い、失錯行為(しくじり、たとえば、ど忘れ、言い間

     
行動(神経症の状態。精神外傷によって誘発され、感情生活の障害をともなう
精神疾患。社会的不適応の原因)となって浮かびあかってくる。
                      (岸田秀訳『無意識と精神分析』)
 わたくしの考えは、これらの学説にもとづいている。
 子どものころに受けた精神的・肉体的虐待や迫害、屈辱などは、時間の経過に
つれて、意識の下部(つまり潜在意識層)に沈んでゆく(つまり、忘れる)が、そ
こに、葛藤と傷痕となって残る。これが「抑圧意識」である。
 この抑圧意識は、たえずその人の表面意識に影響をあたえ、人格の形成と行動を
律する。しかも、その抑圧意識は、数年、あるいは十数年以上もたってから、思い
がけぬ衝動となって、理解しがたい行動を起こさせることがある。
 こういう抑圧意識をそのままにして、超能力志向などに走ったら、どういうこと
になるであろうか。
 いかがであろう。
 わたくしは、オウム真理教に走って問題を起こした若ものたちのほとんどは、潜
在意識層に、こういうつよい抑圧か傷痕を持っている人たちだと思っている。
 いや、教祖の麻原彰晃氏自身が、そうではないかと思うのである。
 以上が、「フロイト型」である。
2、ソンディ型

 これにたいして、「ソンディ型」というのは、フロイト、ユングのあとをうけて
あらわれた新しい心理学「運命心理学・家族的深層心理学」の創始者、L・ソンデ
ィの学説にもとづくものである。
 L ソンディというのは、近代心理学の開拓者であるジークムントーフロイト、
力-ルーユッグにつづいて、それまでにまったくなかった新しい心理学の領域を関
創した、ハンガリーのリポットーソンディ(ロto{印o乱こ博士である。
 L ゾンデfの業績をかいつまんで説明すると、近代心理学は、一元〇〇年、フ

て、無意識の意識の理論としての深層心理学は、二つの「層次研究」にわかれて進
んでいったのである。
 すなわち、
  I、フロイトの個人的に抑圧された無意識の「層」
  2、ユングの集合的無意識の「層」(一九回二年)
 である。
 ところが、一九三七年に、第三番目の研究方向が、この二つの層の中間に出現し
たのである。
 それが、L・ソンディによって開創された「運命分析」OSchieksalsanalysoとよ
ぶ深層心理学理論である。
 要するに、それまでの深層心理学は、大づかみに分けて、フロイトの個人の無意
識層と、ユングの集合的無意識層(群衆心理学)と、この二つの「層」が研究対象
とされていたのである。
 ところが、L・ソンディの「運命分析」は、それらの層の中間にある「家族的無
意識」という無意識の第三番目の領域を、研究対象にして解明しようとするのであ
る。
 つまり、「個人」(フロイト)と「群衆」(ユング)との中間に「家族」を発見し
たわけである。
 これは、いかにも妥当であり、かつユニークな着眼といわねばならない。
 かれは、その「運命分析」理論で、こう主張するのである。
 「個人の深層意識のなかに抑圧されているある特定の祖先の欲求が、その個人の恋
愛・友情・職業・疾病・および死亡における無意識的選択行動となって、その個人
の運命を決定する」
 つまり、自分の深層意識のなかに抑圧されてひそんでいるある先祖の欲求が、自
分の知らないうちに、自分の恋愛・友情・職業・病気・死にかたまで、決定してし
Lう、というのである。
 ・わけ、われわれにとって、この上なくショッキングな学説といわねばなるま
い学説というべきだろう。


 われわれの人生が、恋愛・友情・職業・病気・死にかたまで、ある特定の先祖の
欲求によって決定されてしまうとしたら、「自分」の出るマクなど、まったくない
ではないか。
 あるご先祖さまの欲求のままに、一生ふりまわされるということになる。そんな
バカなことがほんとうにあるのだろうか?
 だれしもそうかんたんに信じ難いものと思われるが、L・ソンディは、数多くの
実例をあげて、その学説の論拠とし、それはそのまま、学界に認められ、かれの学
説は、いまや、深層心理学における一つの大きな潮流となっているのである。
 その実例の中には、ドストエーフスキーやバルザックなど世界的作家がふくま
れ、非常な説得力を持っている。が、なによりも、この学説開創の発端となったか
れ自身の不思議な経験を聞いたら、だれしも、かれの学説に耳を傾けざるを得ない
のではないかと思われるのだ。おもしろいことに、この世界的学説は、かれ自身の
非常に奇妙な体験が動機となってスタートしたのである。
 それらについては、ここでは省略する。興味をお持ちの方は、わたくしの別の著
書(『君a誰れの轍孤馳証』等)をお読みいただきたい。
 わたくしは、このソンディ理論を、今から四十年以上も前に知り、深い興味を待
った。
 以来、かれのこの理論が、じつに多くの人びとの身の上に起きていることを、わ
たくしは、じっさいにこの目で見てきた。(私自身もふくめて、である)
 かれのこの理論は、「運命の反復現象」となって起きるのである。
 つまり、不幸な人生を送ったある特定の祖先の運命を、無意識のうちに、そのま
ま反復してしまうのである。
 その反復が、「恋愛」「友情」「職業」「疾病」「死亡の型式」等の上にあらわれる
内である。その中には、精神的な悩み、葛藤などもふくまれている。
 それは、まことに不気味で、かつ、悲惨としかいいようがない。それをする原動
力が、無意識層の中にひそんでいるのだから、自分はまったく気がつかないのであ
へ、ごわけ的にあらわれる。だから、ソンディの心理学を、「衝動心理学」と

要約すると、こうなる。
人は無意識層の中に、
生まれてからのちに生じた抑圧意識(フロイト型)

生まれる前から生じていた抑圧意識(ソンディ型)
 と、この二つを持っている、ということである。(もちろん、稀だが、どちらも
持っていない、という人もある。どちらも持っているという人もある)
 これらの抑圧意識をとり除かないと、いずれにしても、健全な人生を送ることは
むずかしい。
 なぜならば、その人は、表面意識にある知性・理性と、潜在意識、深層意識の中
にひそむ抑圧意識とがつねにたたかって、葛藤を起こすからである。
 抑圧意識は、衝動的な行動となってあらわれようとする。しかし、それは、表面
意識にある理性・知性とはあい容れられないものが多い。だから、当然、葛藤が起
キゝる。
 その葛藤を押さえようとして、さらにつよい抑圧が生じたり、傷痕をつくったり
する。
 本人は、どうして、心の中に、自分でも分からない、得体の知れぬ葛藤が起きる
のか、理解できないまま苦悩する。はだから見ていると、矛盾にみちた人間で、精
神病者としか思えない。
 しかし、専門医の診断では「正常」なのである。
 いま、激増しつつある子どもたちの「情緒不安定」「家庭内暴力」「登校拒否」
も、いや、大人たちのもろもろの矛盾きわまりない行動も、ほとんどすべてこの抑
圧意識から生じていることを、人は知らねばならぬのだ。