霊性開発を妨げる抑圧意瞰



霊性開発を妨げる抑圧意瞰

 われわれは、超・ヒトをめざさねばならぬ。これこそ、崩壊に瀕した人類がいだかねばならぬ最後のユメではないのか。
 そのユメを大切にして、われわれは進もう。
 それは、絶滅寸前のホモーサピエンスが持つ壮大華麗なロマンだ。いや、持たねばならぬロマンである。
 ロマンを失ったとき、そのときこそ人類は崩壊し、消滅するだろう。
 宗教こそ、人にユメとロマンをあたえねばならない。それは、。生きる目的”をあたえるものでなければならぬからだ。
 オウム真理教が、「超能力」で問題を起こしたからといって、全宗教者が萎縮してしまってはならない。
霊性開発を妨げる抑圧意識
1、フロイト型
 私は、さきに、超能力開発には、かならず、霊性開発を伴わなければ危険である、とのべた。
 その霊性開発は、どのようになされるのであろうか。
 霊性開発にあたって、まず、なさねばならぬことは、本人の意識の中にひそむさまざまな抑圧意識を把握することである。
 なぜならば、これをとり除かなければ、霊性開発どころか、人間としての健全な生活をいとなむことさえできないからである。
私は、人間の抑圧意識を、二つに分ける。
潜在意識層における抑圧意識
深層意識層における抑圧意識
である。そして、私は、
潜在意識層の抑圧意識を、「フロイト型」とよぶ。
深層意識層の抑圧意識を、「ソンディ型」とよぶ。

 フロイト型というのは、あの有名な心理学者、ジークムントーフロイトの説にもとづくものである。
 フロイトは、無意識の意識にメスを入れた近代心理学の始祖の一人であるが、かれは「無意識が、一定の時間を経てから、意識生活に影響を及ぼす」ことを発見し
て、のちに有名になった精神分析論を展開した。
 それをかんたんにのべると、人間が誕生して以後の最初の数年間は、催眠とほとんどおなじ状態である。なぜなら、それは、意識的精神(表面意識)よりもむしろ、無意識的精神(潜在意識)のほうが、多く活動している状態であるからで、そ
の数年間は、子どもは、さまざまな影響と暗示をうける。それらの影響と暗示は、
子どものもろもろの欲望や傾向に、まっこうから対立する。その結果、葛藤や、精神外傷が生ずる。
 子どもは、そしておとなになってからも、それらのことは何も想い出廿ないが、かれが気づかなくても、それらはかれの行動にたえず影響を及ぼす。
 さらに、それは、数年も、時には十数年もたってから、その人格に思いがけぬ反応を生ずる、というのである。
 要約すると、つまり、人間の精神形成とその行動に、無意識の意識が、想像以上

につよい影響をあたえているということである。これは、ロシアの生理学者パブロ
フも同様の説をとなえている。
 また、心理学者ジャンーポールーシャリエはつぎのようにいっている。
 第一に、抑圧は心理的葛藤を生じさせる。われわれのなかには、そうした葛藤をいつまでたっても解決できない者がいる。その場合、彼らの人格発達と、
おとなとしての成長はさまたげられたり、乱されたりする。
 第二に、抑圧された諸傾向は、けっして消滅することはなく、社会的習慣の背後に身をひそめ、思いがけないきっかけを利用して外に表われてくる。その
表われ方はさまざまで、ときには、遊戯、戦争、迫害などのかたちではげしくほとばしり出たり、あるいは何でもないような出来事のかくれた、象徴的な姿
のもとに、あるいは、満たされない欲望に禁じられた満足をあたえる夢となって、あるいは、言い間違い、失錯行為(しくじり、たとえば、ど忘れ、言い間
冲い、降服‐川の宍火、思いが~ないへE、収大な仕~の放東、など)、神経症的行動(神経症の状態。精神外傷によって誘発され、感情生活の障害をともな
う精神疾患。社会的不適応の原因)となって浮かびあかってくる。
                     (『無意識と精神分析』せりか書房)
 私の考えは、これらの学説にもとづいている。
 子どものころに受けた精神的・肉体的虐待や迫害、屈辱などは、時間の経過に
つれて、意識の下部(つまり潜在意識層)に沈んでゆく(忘れる)が、そこに、葛藤と傷痕となって残る。これが「抑圧意識」である。
 この抑圧意識は、たえずその人の表面意識に影響をあたえ、人格の形成と行動を律する。しかも、その抑圧意識は、数年、あるいは十数年以上もたってから、思い
がけぬ衝動となって、理解しがたい行動を起こさせることがある。 こういう抑圧意識をそのままにして、超能力開発に走ったら、どういうごとになるであろうか?

 以上が、「フロイト型」である。

2、ソンディ型
 これにたいして、「ソンディ型」というのは、フロイト、ユングのあとをうけてあらわれた新しい心理学「運命心理学・家族的深層心理学」の創始者、L・ソンデ
ィの学説にもとづくものである。
 L・ソンディというのは、近代心理学の開拓者であるジークムントーフロイト、カールーユングにつづいて、それまでにまったくなかった新しい心理学の領域を開
ハンガリーのりポーー・ゾンディーのである。
 L・ソンディの業績をかいつまんで説明すると、近代心理学は、一九〇〇年、フロイトの精神分析に始まり、しだいに無意識の意識の追求に入っていった。そし
て、無意識の意識の理論として深層心理学は、二つの「層次研究」にわかれて進んでいったのである。すなわち、
1 、フロイトの、個人的に抑圧された無意識の「層」
2、ユングの集合的無意識の「層」(一九二二年)である。
 ところが、一九三七年に、第三番目の研究方向が、この二つの層の中間に出現したのである。
 それが、L・ソンディによって開創された「運命分析」Schicksalsanalysoとよぶ深層心理学理論である。


 要するに、それまでの深層心理学は、大づかみに分けて、フロイトの個人の無意識層と、ユングの集合的無意識層(群衆心理学)と、この二つの「層」が研究対象
とされていたのである。
 ところが、L・ソンディの「運命分析」は、それらの層の中間にある「家族的無意識」という無意識の第三番目の領域を、研究対象として解明しようとするのであ
る。
 つまり、「個人」(フロイト)と「群衆」(ユング)との中間に「家族」を発見したわけである。
 これは、いかにも妥当であり、かつユニークな着眼といわねばならない。
 かれは、その「運命分析」理論で、こう主張するのである。 『個人の深層意識のなかに抑圧されているある特定の祖先の欲求が、その個人の恋
愛・友情・職業・疾病・および死亡における無意識的選択行動となって、その個人の運命を決定する』
、このなくなショッキング学説といわねばなるI
い。というより、この上なくおそろしい学説というべきだろう。
 われわれの人生が、恋愛・友情・職業・病気・死にかたまで、ある先祖の欲求によって決定されてしまうとしたら、「自分」の出るマクなど、まったくないではな
いか。
 あるご先祖さまの欲求のままに、一生ふりまわされるということになる。そんなバカなことがほんとうにあるのだろうか?
 だれしもそうかんたんには信じられ難いものと思われるが、L・ソンディは、かず多くの実例をあげて、その学説の論拠とし、それはそのまま、学界に認められ、
かれの学説は、いまや、深層心理学における一つの大きな潮流となっているのである。

 その実例の中には、ドストエーフスキー、バルザックなどの世界的作家がふくまれ、非常な説得力を持っている。が、なによりも、この学説開創の発端となったか
れ自身の不思議な体験を聞いたら、だれしも、かれの学説に耳を傾けざるを得ないのではないかと思われるのだ。おもしろいことに、この世界的学説は、かれ自身の
非常に奇妙な体験が動機となってスタートしたのである。
 それらについては、ここでは省略する。興味をお持ちのかたは、私のべつの著書
(『君は誰れの輪廻転生か』等)をお読みいただきたい。
 私は、このソンディ理論を、今から四十年以上も前に知り、深い興味を待った。以来、かれのこの理論が、じつに多くの人びとの上に起きていることを、私は、
じっさいにこの目で見てきた。
 かれのこの理論は、「運命の反覆現象」となって起きるのである。つまり、不幸な人生を送ったある特定の祖先の運命を、無意識のうちに、そのま
 その反覆が、つ恋愛」「友情」「職業」「疾病」「死亡の型式」等の上にあらわれるのである。
 それは、まことに不気味で、かつ、悲惨としかいいようがない。それをする原動力が、無意識層の中にひそんでいるのだから、自分はまったく気がつかないのであ
る。それは衝動的にあらわれる。だから、ソンディの心理学を、「衝動心理学」ともよぶ。要約すると、こうなる。
 人は無意識層の中に、生まれてからのちに生じた抑圧意識(フロイト型)

生まれる前から生じている抑圧意識(ソンディ型)


 と、この二つを持っている、ということである。(もちろん、稀だが、どちらも持っていない、という人もある。どちらも持っている、という人もある)
 これらの抑圧意識をとり除かないと、霊性の開発どころか、健全な人生を送ることすら、むずかしい。
 なぜならば、その人は、表面意識にある知性・理性と、潜在意識、深層意識の中にひそむ抑圧意識とがつねにたたかって、葛藤を起こすからである。
 抑圧意識は、衝動的な行動となってあらわれようとする。しかし、それは、表面
意識にある理性・知性とはあい容れられないものが多い。だから、当然、葛藤が起
きる。
 その葛藤を押さえようとして、さらにつよい抑圧を生じたり、傷痕をつくったりする。
 本人は、どうして、心の中に、自分でも分からない、得体の知れぬ葛藤が起きるから以ていろと、矛爪にみちた人問で、
精神病者としか思えない。
 しかし、専門医の診断では「正常」なのである。
 いま、激増しつつある子どもたちの「情緒不安定」「家庭内暴力」「登校拒否」も、いや、大人たちのもろもろの矛盾きわまりない行動も、ほとんどすべてこの抑
圧意識から生じていることを、人は知らねばならぬのだ。
 なお、ちなみにいうと、阿含宗でいう「悪い因縁」というのは、これらの抑圧意識から生じてくるさまざまな不幸な運命現象をいっているのだと御承知ありたい。
 「因縁を切る」というのは、これらの抑圧意識を解消して、自分の運命を正常に立て直すことなのである。
 -いま、この原稿を書きながら、ふと、テレビを見ると、「なぜ若者たちが、
こんなにも宗教に惹かれるのか」というようなテーマで特集を組み、踊ったり跳ね
だりして喜言をとなえたり、読経したりしている若者たちを、おもしろおかしく映

し出している。
 若者たちの多くが、心の奥ふかくうごめく抑圧意識や葛藤に苦しみ、なんとか解決しようとしていることが、全くわからないのである。